柔道整復学 理論編 股関節部の軟部組織損傷

股関節部の軟部組織損傷

1 鼠径部痛症候群groin pain syndrome

スポーツ選手。とくにサッカーやラグビー選手に鼠径部周辺を中心に不定愁訴

初期
日常生活に支障がなかった痛みが継続し,進行するし日常生活動作では起き上がり動作やくしゃみ.スポーツ動作ではダッシュやキックなどで強い痛みが生じるようになる.
痛みは症例により様々であるが.鼠径部,内転筋近位部に痛みを訴える例がもっとも多く.下腹部や睾丸後方に訴えるものもある
鑑別
筋損傷, 疲労骨折. 初期変形性股関節症, 真性鼠径ヘルニア. 股関節唇損傷などとの,器質的な疾患の有無を確認

治療はスポーツ活動の中止などの保存療法を行う. 観血療法では内転筋腱・腹直筋腱起始部切離術,鼠径管後壁補強修復術などが行われている.

2 股関節唇損傷

原因

・臼蓋形成不全、股関節インピンジメント (FAI)といった臼蓋や大腿骨頸部の形態異常

・繰り返す外力が加わって生じる.
症状
疼痛:多くは鼠径部。大転子付近,大腿前面から膝関節にかけて訴えるケースもある.
関節安定性の低下:関節軟骨の負荷が増大して. 変形性股関節症の原囚にもなる.

治療
基本⇒保存療法
改善がみられない場合⇒観血療法の適応がある.

弾発股

股関節の運動に伴って弾発現象をきたす疾患
他覚的な轢音や異常な腱の滑動が感じられるものから本人が自覚する弾発感までを含んでいる.
発生部位分類
・関節外型(頻度高い、轢音聴取)
・関節内型
発生原因
関節外型
・大転子と腸脛靱帯
・大転子と大殿筋前縁の間
・大転子・腸脛靭帯での弾発現象がほとんどであるが, 腸腰筋腱が原因となる場合もある.
関節内型
関節唇の断裂, 関節遊離体など, 様々な疾患によって起こる

症状
弾発音の聴取, 滑液包炎に伴う疼痛.
関節外型の外側型では腸脛靱帯の肥厚を触知することがある.
股関節内転位で他動的に屈伸, あるいは内・外旋すると弾発現象が誘発されやすい.

現象のみでその他の症状を呈さないものも多い.

治療法
疼痛を有する⇒スポーツ活動中止
弾発現象を回避する生活指導、ストレッチ

症状改善なければ観血療法

弾発股の原因
関節外型
外側型(大転子と腸脛仭帯の滑動障害)
・腸脛靱帯や大殿筋前縁の肥厚、索状形成,瘢痕.緊張増加スポーツによる慢性持続性外傷外傷痕
・注射による医原性(殿筋や大腿四頭筋拘縮) 特発性
・大転子の異常
・大転子の外側方化(内反股,股関節手術後など) 大転子の変形(骨折後など) 大転子滑液包炎や腫瘍など

内側型
・腸腰筋腱と大腿骨頭や腸恥隆起などの滑動障害

関節内型
・関節遊離体
・股関節唇断裂
・反復性・習慣性・随意性股関節脱臼(亜脱臼)

梨状筋症候群piriformis syrdrome

概説
坐骨神経は骨盤内から後方殿部に出るときに多くは梨状筋下孔を通る.坐骨神経が梨状筋によって絞扼され発生するものをいう(絞扼性神経障害). 根性痛と同様な痛みを生じる.

症状,所見
・臀部から下腿にかけての痛み
・総腓骨神経支配領域に感覚・運動障害

5 その他

a股関節外転位拘縮

概説
股関節の痛みを軽減するため.軽度外転位をとる
習慣になると外転位拘縮になる.
症状
( 1 )背臥位で患肢が長くみえる.
( 2 )棘果長を計測すると左右等長である(仮性延長).
( 3 )両側の上前腸骨棘部を結ぶ線が体幹正中線に対して直角でなく傾斜し.患側の骨盤が下がる
( 4 )骨盤を正しい位置にすると患側股関節が外転位をとる.

b.股関節内転位拘縮

概説
股関節の痛みを軽減するため,軽度内転位をとる.習慣になると内転位拘縮になる.
症状
( 1 )両下肢を平行にした場合は患肢が短くみえる.
( 2 )棘果長を計測すると左右等長である(仮性短縮).
( 3 )両側の上前腸骨棘部を結ぶ線が傾斜し患側の骨盤が上がっている.
( 4 )骨盤を正しい位置にすると患側股関節が内転位をとる.

c.股関節屈曲位拘縮

概説
股関節屈筋である腸腰筋.補助筋である大腿直筋.縫工筋などに損傷を起こした場合に.疼痛軽減の意味で股関節の屈曲位を保持する.この状態が継続すると股関節屈曲位拘縮になる.
症状
(1)患者立位:骨盤は前方傾斜を増加するので,代償として腰椎の前彎が強くなる
(2)患者背臥位:骨盤の代償的前傾により一見.屈曲位拘縮に気づかないことがある
健側股関節を他動的に屈曲すると患側の股関節も屈曲してくる(トーマステスト)
(3)下肢を外に振り出して歩いたり.殿部を突き出して歩く.
(4)正座が不能。正座時に両膝がそろわなかったり。腰をそらせ殿部を突き出す.
(5)背臥位で股関節と膝関節とを同時に屈曲するときは膝の屈曲制限はない.
(6)服臥位で股関節を伸展位のまま.膝関節を他動的に屈曲すると.膝の屈曲制限があり.それ以上に膝を強く曲げようとすると殿部が床面から持ち上がってくる(尻上がり現象)(図
(7)尻上がり現象:大腿直筋の拘縮のみ
内側、中間、外側広筋の拘縮で出現しない

治療法
手技療法+筋を伸長する方向の抵抗運動・伸長運動

注意すべき疾患

1乳幼児期にみられる次患

a .発育性股関節形成不全

昔は先天性股関節脱臼といわれたが生後に徐々に脱臼してくるケースもあり名前が変わった
・遺伝も関係する可能性
・女児に多い

症状
アリス徴候(+):脚長差
股関節開排制限
鼠径部のしわの対称性
股関節開排位で大転子・座骨間距離の左右差

治療
・おむつ療法
・リーメンビューゲル装具
85%は保存で改善

b.化膿性股関節炎

年齢:乳幼児に多い
症状
・原因不明の高熱
・患側の動きが悪い

起因菌:黄色ブドウ球菌
治療
抗菌薬。診断が遅れると関節の破壊

cペルテス病

概説
小児大腿骨頭への栄養血管の途絶によって発生
阻血性大腿骨頭壊死を病態とする大腿骨頭などの変形を伴う疾患
小児期の骨端核:上・下骨端動脈で栄養⇒この動脈の閉塞が原因

現在のところ確定的なものはない.

発症年齡3~12歳
(もっとも頻度が高いのは3 ~5歳)
女児<男児 (1:6)

症状
早期所見:跛行。家族が跛行に気づくことがある
疼痛部位:股関節部だけでなく.同側の大腿前面.外間面.関節内側部⇒膝疾患との誤診

d.単純性股関節炎

概説
小児の股関節疾患の中では頻度が高い
1 ~ 2週の経過観察あるいは安静で自然治慮
原囚:外傷. ウイルス感染に対するアレルギ一反応などの説かあるが. 原囚は不明である
非特異性性滑膜炎と考えられている

発症年齢:3 ~12歳
通常は単関節に発症する.
性差は様々な報告がある.
症状.所見
・股関節. 大腿あるいは膝関節部の疼痛と跛行
・軽度から中等度の股関節可動域制限
・屈曲位での内旋制限
微熱を認めることがある

治療法
基本的:安静と経過観察

疼痛が強い場合⇒介達引療法

2思春期にみられる疾患

大腿骨頭すべり症

概説
思春期の成長が盛んな時期に大腿骨近位骨端線で大腿骨頭が頸部に対して後方転位し. 股関節の疼痛と可動域制限が起こる疾患
発生
・肥満傾向の男児
・両側の罹患20~40%
病因としては内分泌異常. 局所の力学的異常が考えられているが明確にはされていない.

症状・分類
経過分類: 急性, 慢性, 慢性の経過中に急性悪化.
Ⅹ線像上の滑りの程度分類: 前滑り相. 軽度. 中等度. 重度の4段階がある.
急性例:
・前駆症状なしに,軽度な外傷をきっかけに強い股関節痛発生
・患肢荷重不能.
・可動域制限、運動痛は著しい.
慢性例:
主訴:跛行
股関節痛, 大腿部痛, あるいは膝関節部痛が数カ月の経過で続き, 運動負荷により悪化する.
疼痛:股関節部、膝関節部⇒見落としやすい

軽度滑り例:内聢, 屈曲が軽度制限。
滑りが高度:外碇位拘縮
・ドレーマン徴候(+):背臥位で股関節を屈曲すると股関節が外転.外旌(開排)
・大転子高位となり,トレンデレンブルグ(+)

後遺症
大腿骨頭壊死,軟骨壊死など

大腿骨頭壊死症

分類
・特発性(一次性)大腿骨頭壊死症:原因が明らかでないもの
非外傷性に大腿骨頭の無菌性,阻血性の壊死をきたし大腿骨頭の圧潰が生し二次性の股関節症にいたる疾患

原因:副腎皮質ステロイド投与・歴.アルコール多飲歴などが関与

発生:両側性の発生頻度が高い

・症候性(ニ次性)大腿骨頭壊死症:原因が明らかなもの
a外傷性

b閉塞性(減圧性)

c放射線照射後

d術後(医原性)

症状,所見
1. 疼痛:股関節痛。ときには大腿部痛, 膝関節部痛. 坐骨神経痛様症状
痛みは通常. 徐々に発現するが. 微小な外傷後に突然激しい疼痛で始まることも少なくない
初期:安静により軽快
進行:持続性になる

2.可動域制限
初期:軽度で. 外転. 内碇が制限
進行:進行に伴って運動範囲は減少

・診断
既仕歴と症状. 単純X線像やMRI像などの画像所見により病型や病期が診断

治療法
壊死部は荷重がかからなければ修復されるが. 日常生活動作で壊死骨頭には荷重が加わるため壊死範囲の広いものは圧潰をきたす.
観血療法には様々な術式がある.

変形性股関節症

概説
一次性:原因不明。
関節軟骨細胞の機能低下.関節支持組織の支持性の低下加齢に伴う退行性変性による関節の変化に加えて
長年の機械的刺激による関節の破壊、変形、修復を繰り返す

二次性:先天的.後天的変形が基にあり発症するもの
発育性股関節形成不全

症状,所見
I.疼痛
主訴:股関節部痛
それ以外に殿部痛,大腿部痛,膝部痛も訴えることもある
運動痛.歩行痛

2.可動域制限
疼痛の増強で股関節の可動域制限
初期:制限は少ない
進行:内旋.外転制限,次いで屈曲.伸展制限
外旋.内転が障害されることは少ない.伸展制限の結果起こる屈曲位拘縮の評価にはトーマステストが用いられる.

3.跛行
疼痛.筋力低下,下肢短縮などにより生じる.

ニ次性股関節症の原因
( 1 )先天性疾患:発育性股関節形成不全
( 2 )炎症性疾患:化膿性股関節炎.股関節結核
( 3 )外傷:骨折.脱臼
( 4 )ペルテス病
( 5 )大腿骨頭壊死症
( 6 )内分泌疾患
( 7 )骨系統疾患

4.その他
患側の大腿四頭筋, 大殿筋などの萎縮がみられる. また股関節周囲筋の筋力低下もみられる
単純Ⅹ線像によって病態を確認

治療法
病期によって治療法が異なるので専門医の診断が必要。
単純Ⅹ線像で所見が認められても疼痛が軽微であるものは可動域訓練, 筋力増強訓練などの保存療法が行われる.

観血療法
臼蓋形成術,大腿骨骨切り術.人工関節置換術など

参考文献

柔道整復学 理論編 第6版 南江堂

fukuchan

柔道整復師、鍼灸師、医薬品登録販売者として治療院を開業しています。 柔道整復師、鍼灸師を目指す学生さん向けに、オリジナルイラストを使って教科書をわかりやすくして発信しています。

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